2018-08-17


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2018-05-01

袋竹刀なるものを…

袋竹刀なるものを…
袋竹刀なるものを…
袋竹刀なるものを…

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2018-03-30

バターウォーマー

バターウォーマー

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2017-12-11

今日最高にいらっとしたこと

夫には多分わかっていない、わかってもらえていないということ。

私は朝の6時半に家族の朝食と弁当をいくつか作って家を出て、授業を3-4コマこなして、帰宅するのは4限が終わる16時半以降に地下鉄、バス、JRを乗りついでの1-2時間後でしかありえないということ。これ以上はどうやっても早く帰れない、ということが。

なんで私よりも2時間は早く帰宅できているはずのあなたが、車の鍵を持ったまま保育園のお迎えにも行かずに一人で買い物行ってるのか?全く理解できません。

延長保育料だって払わなきゃいけないのに、あんたは一体なにやってるの?

玄関に私のハンドバッグ(仕事用とは別の)が置いてあったからもう帰宅してお迎えに行ったと思ったんだって?何なんですか?その飛躍した卓越した推理力は?

だったら自分が遊びに行く前に電話ぐらいしなさい。お迎えいったのかどうか。

自分が弁当いらないときは「グーグルのカレンダーに書いてるよ」と言うけれど、見ないで弁当勝手に作った私が悪いというけど、まさかお迎え行く行かないまでグーグルのカレンダーにリアルタイムで書けって?

更に言うなら、保育園のお迎えに行ったあとは、そのまま風邪で学校休んでばあちゃんのところ(車で1時間)に預けていたにいちゃんを迎えに行く予定だったんですよ。

閉園の20分前の寒空に、慌てて自転車で次男を迎えに行ったあと(閉園ギリギリ)、マンションに自転車置いて、それからまたまた遠く離れた駐車場に置いてあるもう一台の車のところまで次男を10分ほど歩かせて、ばあちゃんのところまで行って兄ちゃんを迎えに行ってきました。

9時頃、帰宅したら夫は自室でゲームしてます。

久々、真面目に死にたい、死んでやろうかと思いました。死ぬ訳にはいかないので、日記に書いてます。他にももっといろいろあるので、たまに死にたくなったらまた書く(吐き出す)と思います……

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2017-02-20

嫌悪する自己と向き合う(?)論文修正の作業

なんてクソなものを書いたんだ、読んでもらった査読者はさぞお腹立ちだったでしょう……等等、嫌な事に一つずつ向き合うようにして、嫌な自分が写ったカケラを広いあつめてつぎはぐようにやる修正の作業中。人生の成就とはどこにあるんだ?どこまで行けばいいんだ?いつまでこんなことを繰り返す?とぬるいことを考えたくなるのは心が弱っているせいか。

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2017-02-01

ご利用は計画的に

恩師からのおことば:
「家事、勤務、子育て、どれも手が抜けなくて大変だと思います。客観的な状況を考えて、無理な研究計画や学会報告の申し込みなどはしないほうがいいと思います。じっくり、いいものを少数、というふうに方針を変えられるようお勧めします。」

この先生は、もうほんとうに、弟子のことをわかりすぎるほどわかっているんだ、と自分でもわかっているのに、ついついやってしまう、無理な投稿計画、学会発表申し込み……自爆するだけならまだしも、査読される方の時間まで無駄にしてしまうことってあるんだな。やってるんだな。何に対して後悔してもおいつきません。悪いのは自分です。そう、ご利用は計画的に!!ひたすらこれに尽きます。

終わったことをこれ以上嘆いても仕方ないから、さあ、期末テストの問題作成にとりかかろうsweat02

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2016-12-15

晩御飯12/15/2016

晩御飯12/15/2016

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2016-11-15

アムロの「遅過ぎた」理由私的解釈

BSで日曜日に再放送しているガンダムを見たせいか、最近、長男小二のガンダム病がただ事ではありません。母ちゃんはもともと安彦大先生の漫画が大好き。とはいえ、ガンダムは特にそんなに……だったんだけど、子どもが喜ぶからついつい漫画も大人買い。プラモは、最初は夫の在庫(?)を勝手に取り崩して怒られていたけれど、新たに買ってもらったり、週に100円もらう小遣いを自分で塩梅して調達したりしています。

生まれてから8年、これまで、トミカとかプラレールとかレゴとか恐竜にはまったことはあっても、ライダーとか、戦隊ものとか、ドラゴンボールとか、今はやりのジュウオウジャーとか、同じ年ごろの子が興味を示すようなものには全然興味を示さなかったので、内心相当心配しておりました。それがまさか、気がつくと家中ガンダムのプラモデルとレゴだらけ。調子づいた夫が「ガンダムエース」をお土産に買ってかえるようになって、ちょっと小二には早すぎるんじゃ的あぶない漫画をなめるように、隅から隅まで読んで楽しんでいます。

そして、あらゆる隙間にバラバラ死体の山。レゴでWBまで作る熱の入れようです。これが男子のお人形遊び?

ここからが本題です。そもそも私には「ニュータイプ」が何なのかすらよくわからないのだけれど、アニメや漫画でララァがアムロに「遅過ぎた」と何度も言うのが気になって。

オリジン読んでて気がついたのだけれど、ミライさんとかララァには予知能力めいたものがある。それで、ララァは、シャアに会う前から、自分を救ってくれるお殿様が現れて、自分はその人を愛するようになるということを予知していたのではないかと思いました。この辺は、完全にデミ・ムーアの映画の原題「肉屋の女房」で、邦題は確か「夢の降る街」でした、からの追想なんですけどね。
夢の降る街 [DVD]

ララァの予知したのは、シャアのことではなくてアムロのことなのに、ララァは間違って先に現れたシャアのほうを愛してしまった。それを屢々「遅過ぎた」と言ってたのかなあ、と勝手に深読みしています。(自分の間違いを相手のせいにしている)

そもそも、アニメなのに登場人物が何を考えているかもよくわからないし、セリフであっても「時が見える」とか全く意味が分からないことが多すぎる謎の多い(しかも原作者の解釈自体も一貫してないらしいし)作品というのが魅力の一つでもあるのでしょうか。

というわけで、ガンダムのパロディが多いのもうなづけます。余談ですが、今月の「ガンダムエース」2016年12月号で一番笑わせてもらったのが、244頁でした。以上

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2016-11-02

いじめ、二次障害……(ワタシの場合)

転校がきっかけでいじめられるようになった子。主な原因は方言と校則の違い。親の思いと学校の対応。

https://h-navi.jp/column/article/718

私も小学校の時に転校して、言葉の壁(方言)と学校の規則の違いなどいろんな原因でいじめにあいました。小学校は何とか卒業しましたが、転校後は、男子からの日常的な肉体的暴力(休み時間や放課後に殴る、蹴る、髪の毛をひっぱる等を泣くまで止めない。泣かなかったけど、痛くて悔しくてボロボロな毎日でした)に加えて、それを無視する親(私の母親についてはいつか書くかもしれませんが、3つ離れた姉を溺愛して、まずは自分が一番大事、二番目に姉、妹である私のことは姉の奴婢程度にしか考えていないみたい。家庭内でも私は皆の鬱憤のはけ口になっているようなところがあるそうです>夫の話)や教師、教師によるいじめの助長(方言の違いをからかう、まだ習っていない教科を理由に体罰や正座をさせる……)がありました。

転校前は小学校で全教科ほぼ5だった成績は、転校後には毎回全科目2〜3まで下がりました。通知表に5と4以外の数字があるなんてしらなかったので、それを初めて見たときにはたいそうびっくりしたのを覚えています。

父親は、よくわからないけど、多分出世の階段とかいうやつを上っていた?1−2年置きに異動するようになって、私は、中学校はなんと3回もかわりました。転向するたびに、相変わらず、コトバが違うだの、制服や体操服が学校指定のものと違うといった理由で、生徒だけではなく教師からも見せしめのように処罰を受ける毎日。

成績のほうは、学期が変わっていろんなテストとかがあったあとはすぐに復活したけれど、それが却って同級生のねたみを産むというか、「よそ者のくせに」「カンニングしただろう」というアホな理由をつけてまたいじめられる。どんな小さな欠点でも目立ったことでも、それを理由に責められて、クラスメートの前で土下座させられる。掃除や委員はいつも一人で何役も押し付けられてなかなか家に返してもらえなかったり、朝は30分早く登校して皆の宿題を代筆することを理不尽に求められたりしました。

転校や引越のために、好きだった習い事も続けられなくて、本を読んだり絵を描いたりする他に楽しいこともなく、ひたすら学校がイヤでイヤでたまりませんでした。病気になったり死んだりすれば学校に行かなくても済むかもと、薬箱の中の何かよくわからない薬(多分頭痛薬?)を大量に飲んでみたり、仮病を使って何日も中学に行かないむなしい努力をしていました。(よく生きていたもんだと自分でも思いますwww)

いじめの二次障害、というのがあるんだということを最近知りました。

私の場合、自尊心の低下、何かあった時にまず自分を責める、大きな声や暴力が恐い、他者との関わりを避けようとすること等に関して自分で考えても異常なくらいに警戒心が強い。常に批判されているような気がするし、当時を思い出せば冷や汗が出たり涙が止まらないことが今でもあります。

高校にはかろうじて進んだけれど、仲のいい友達というのはとうとうできなかったし、人の中に積極的に入っていくということが今でもできない。お弁当なんかももちろん一人で食べていたし(教室で食べていました)。それが普通だったので別に嫌でも何でもなかったけれど(今でもお一人様全然平気です)、たまに友達休んだとかで一人になるのが嫌な誰かが「×ちゃn、いっしょにお弁当食べてもいい?」とか馴れ馴れしく寄って来るのが恐かったです。同じ中学から進学した子とか傍にいると、何言われるかと思ってドキドキするし、今でもそう。もちろん、会うこともないだろうけどさ。

生き抜くために大切なのは、とにかく目立たないこと。自分の存在を消して、いることを周りに悟らせないようにすること。

そうやってどんどん自分の存在を矮小化させて、こんなつまらない自分だからいじめられても当然だし、就職とかうまくいかなかったのも仕方ないことだと自分を納得させて生きてきました。

知り合いのある方は、その道では大変有名な方で、御年80歳ぐらいになるのですが、戦後の少年時代に朝鮮から九州にひきあげてきて、九州で標準語をからかわれてイジメにあった経験を、今でも生々しく、ことあるごとに話してくださいます。なにくそ、という気持ちで生きてきたことが今の自分につながっていると語ってくれます。強い方なのでしょう。そんな方でも、60年、70年も前のことを悲しそうに語らずにはいられないほど、イジメが人の心に残す傷というのは大きなものだと思うのです。

私はこの話を聞くたびに、私があと40年も早く生まれていて、幼いころのその人にもし会えていたら、「大丈夫、あなたは全然悪くないし、これから素晴らしい人生を旅して多くの人を幸せにできるんですよ。こんなことで落ち込んだり泣いたりしないで」と抱きしめて一緒に泣いてあげたいという思いを抱きます。そして、この気持ちは、今イジメにあっているたくさんの子供たちへも同様に向けられているのです。


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2016-10-27

日記1026-2016

アノ書類の学内締切の日でした。非常勤の身分なので、確か一昨年まではこちらから問い合わせねば何も連絡がなかったはずなのに(研究者番号というものを毎年申請しなければならない。仕事の契約自体が年度更新なのでそれに応じたものとしては仕方ないとはいえるけれど、毎年書く書類の非常にめんどうくさいこと……時々忘れたりしますしwww)、昨年ぐらいから、学内便でR-Mapとか研究者番号のうんちゃら等しょっちゅう連絡が来るようになった。

相変わらずモチベーションは上がらないけど、大学という社会における最下層に生きる身としては、この先少しでも長く生き延びるために装備は一つでも増やしておきたいところ‥‥というわけで、くどいけど、モチベーションは限りなくゼロに近いけど、がんばって今年も申請書だけは作りました……って、作成に要した期間は短過ぎてここでは言えません。

研究者番号様々…… 今年は実は、書きためていた原稿がかなりたまってきていたので、もしも地震がなければ研究成果公開のほうに応募するつもりでしたが、実家全壊、自宅大規模半壊しかもマンションにありがちな漏水による書籍の被害というアクシデントのために、前半はとてもじゃないけど研究どころではない日々。あれから半年たった今でも、まだ益城町の実家(公費解体申請済)に家財の片付けに通う日々なのです。

あの地震が起きたとき、近くや遠くのたくさんの人に声をかけてもらいました。今にして思うのは、自分は誰に声をかけたか?ということです。声をかけてくださった方も、実は結構大変な状況にあったのではないかと、地震から3-4ヶ月経ったころにようやく思い至りました。

「どこに避難していますか」というやさしいメール。「ありがとうございます。大丈夫です」ではなくて、「先生はどこに避難されていますか?ご家族は大丈夫でしたか?ご自宅は保たれているでしょうか」が正しい答えだったのだと思います。涙涙涙………益城町の避難所は人であふれかえってものすごい有様で、家を失ってしまった両親をどうにかしてあげなくてはということで頭がいっぱいで、もう、そういうこ細やかなとに全然気持ちがいかなかったのです。自分の器がものすごく小さかったのだということを思い知りました。

そして今日は市内の某施設が復旧して2回目の夜間稽古の日でした。半年のブランクがあったわけで、それでも当初思っていたよりは半年早く稽古が再開できたことを嬉しく思っています。それに、こうして避難所となっていた施設が復旧して以前のように夜間に稽古ができるというのは、ものすごく恵まれた状況なんだということが身にしみた現在、場所に感謝、かつてここに避難していたであろう方々に感謝、自分も無事で稽古できることに感謝、先生方に感謝、一緒にいてくださる方々に感謝、夜に出してくれる家族に感謝、2時間後に無事に帰宅できたことに感謝、感謝、ひたすら感謝なのです。

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